2022.10.04

現代マーケティングのジレンマ[その3]:ブランドの差別化は、お客様の価格感応度を下げるために有効な手段なのか?

ポジショニングを通じて差別化することが、マーケティングの常識だと考えられてきましたが、バイロン・シャープ教授は著書「ブランディングの科学」の中で、むしろ目立つことが重要だというアンチテーゼを立ち上げました。その後、しばしばこれら2つについては議論が起こっています。この記事では、ブランドマーケティングの効果を高めるにあたって、目立つこと(Distinctiveness)と、他とは違うこと(Differentiation)の両者が等しく重要である理由について、エビデンスに基づく見解を示しています。


どうすれば自分のブランドをもっと目立たせることができるのか」というクライアントからよくあるこの質問は、間違いなくブランドにとって最大の課題の一つです。ブランド認知度は、多くの調査で聴取されています。しかし、その人気にもかかわらず、この指標は認知というものに解釈の余地を残すものがあります。誰かについて知ってるかと問われたときに、その人について実際には話したことがない人でも、「名前なら知っている」という意味合いでうなずいた時のような感覚です。


その代わりに、消費者にあなたがブランドに付加したいと考えているイメージ項目について、競合との相対性の中で評価してもらうと、あなたのブランドが本当の意味で知られているか、留意されているかを理解するのに役立つでしょう。これは、誰かを知っているかと問われたときに「どのような人か知っている」、「その人が何を目指しているのかがわかる」と答えるのに等しいことです。


この記事では、「他と違うこと」は、価格への影響力とビジネス上の利益に関連するため、重要であると論じています。実証的なデータに基づいて、「目立つ」ブランドは、「他とは違う」という要素も持ち合わせた時に、成長に軸足を移すことができるということを説明します。

消費者が持つパーセプションにはどれほどの価値があるのか?

ブランドは、消費者が商品カテゴリーを検討する瞬間、つまりカテゴリーの入口で、識別され、想起され、そして存在していれば、売上と成長は後からついてきます。これは、流通しているマーケティングの本の中で、おそらく最も人気のある本の一つである『ブランディングの科学』で、バイロン・シャープ教授が論じていることです。これは理にかなっています。ブランディングの最初のルールの1つは、消費者にその商品がブランドであることを認識してもらわなければならないということです。目立つブランド資産(ロゴ・色・形・ブランドキャラクター・音・匂いなど)を考えることは、クリエイティブな業務プロセスにおいて特に重要であり、露出に過剰な費用をかけることなく、ブランドが注意散漫な消費者の目に留まるようにするのに役立ちます。


つまり、目立つこと(Distinctiveness)はブランディングの基本なのです。しかし、それは、他と違う(Differentiation)ということから完全に切り離されたものではありません。目立つということは、他とは違うということの1つの分類に過ぎないのです。


J. Walter Thompsonのジェレミー・ブルモアとスティーブン・キングは、40年以上前のこの貴重なビデオで消費者のブランドに対するパーセプションについて議論し、商品機能が同等である成熟したカテゴリーで成功しているブランドは、「明確に独自の非常に好ましいパーソナリティを持っている」と結論づけ、そこに「違いがある」と考えていることを付け加えています。


差別化とは、マーケッターとしてポジショニングを加味して、意図的に消費者の頭の中に構築したいと考えるブランドイメージを形成することです。ブランドの差別化は、単に目立つという枠を超え、商品、体験、さらには感情の違いを作り出し、どれも同じだとする消費者の考えを突破する機会を提供するものです。ブルモアとキングが言うように、商品が「商品以上のもの」になる、つまり「商品が機能的ニーズを超えたニーズを満たし始める」のはその時です。そして、「それが実現されれば、より高い価値を持つことになるのです」。


これがその証拠です。私たちは、KANTARが持つBrandZのデータベースにある40,000のブランドを分析し、相対的な差別性の強さと、消費者が持つブランドに対する支払い意欲の間に、非常に強い関係があることを発見しました。差別化されたブランドのポジションを獲得することは、トライアルやシェアを増やすだけでなく、顧客の価格感応度を下げ、健全な利ざやをもたらし、収益性を向上させることができるのです。

データでの検証結果:差別性はもっと支払う価値があることを示している


Source: Kantar BrandZ global database


差別化されているということは代替しづらいということ

アウトドア・アパレルのパタゴニアは、過去35年以上にわたって売上の1%を「故郷の地球を救う」ために寄付しています。トニーズ・チョコロンリーは、西アフリカのカカオ農場で、違法な児童労働や現代の奴隷制度を撲滅するために存在し、Nubankは、ブラジルにおいて、銀行口座を持たない人や銀行口座を持てない人を対象に設立され、2013年から金融的に排除されている層向けに商品を開発しています。ブランドの差別化は、競争の模倣から身を守る堀となり得るのでしょうか。


答えはYesです。2020年に KANTARは、オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールと提携し、さまざまなマーケティング活動が「異常な財務リターン」にどのように貢献しているかを把握することに成功しました。「異常な財務リターン」というのは、企業の株式が市場の予想よりも良い(または悪い)パフォーマンスを示したときに得られるリターンのことです。Felipe Thomaz准教授とそのチームは、学術文献や投資アナリストから得た一連の高度なモデルを用いて、12年間にわたって872のブランドとその期待される財務リターンを調査しました。その後、Kantar BrandZデータベースから、数千のブランド・エクイティの観測結果を加え、さらに改良したモデルで、それらの異常なビジネス・リターンに最も貢献するブランド要因を特定しました。


そこからの最も貴重な発見は、株式の異常なリターンに最も寄与するのは差別性であるということでした。

差別性は、株式の異常なリターンを作り出す最大の要因である

Source: University of Oxford Saïd Business School


ブランドの差別化の事例

日本のドンキ(ドン・キホーテ)は「夢のディスカウントストア」として、ブランドの差別化において多くのインスピレーションを与えてくれます。ドンキは、良い小売業というときのあらゆるルールを破り、それでもなお、その違いによって勝利を収めているのです。


ドンキのブランド差別化戦略は、160店舗のレイアウトにあります。ミニマリスト的な嗜好が強い日本のデザインへのアンチテーゼであり、意識的に商品を見つけにくく、買いにくくすることで、買い物客に宝探しをするように促しています。それでも、消費者は戻って来ずにはいられません。カンターのBrandZのデータでは、ドンキは通常の日用品や食料品を扱う小売店と比較して、ブランドの差別性に関するパーセプションが高く、このブランドの差別化が成長をもたらし、現在では東アジア全域で展開しています。

広告における優れたブランディングの秘訣

広告における目立つことと、他と違うことの関係性はどうでしょうか。広告において、目立つことだけでは、人々が見ているものに共感するとは限りません。ブランドコンサルタントでバーチャルマーケティングの教授でもあるマーク・リットソンは、目立つことと他との違うことは「同等の重み」を持ち、マーケティング効果の達成と向上に働くと述べています。ブランドコードとポジショニングの組み合わせが、「ブランドを成功に導く重要な2つのエンジン」であると、彼は付け加えています。


このエフィーの受賞作であるスニッカーズの事例では、このような組み合わせのパワーが感じられます。スニッカーズの違いを生み出す「空腹感」と「満腹感」の心理的な関連性を強化するキャンペーンで、ブランドコードと主張的なボキャブラリーを使い、その独自性を際立たせました。その結果、スニッカーズは売上減少に歯止めをかけ、市場シェアを回復させました。


今年のKantar Creative Effectiveness Awardsでは、ジョニーウォーカーの広告が際立っており、13,000以上の広告の中から3つのカテゴリーで賞を獲得しています。このブランドは、「Keep walking(歩き続けろ)」という叫び声から連想することで有名ですが、その独特のブランディングを維持しながらも、伝統に新鮮さを注入しています。それはまるで、「私は私でありながら、他とは違う、新鮮でタイムリーな人生観を提供する」という、遊び心にあふれたウインクのようなものでした。消費者は、ジョニーウォーカーの特徴的なブランディングを疑うことなく、そのすべてを理解することができたのです。

ジョニー・ウォーカー:Keep Walking Anthem
https://www.youtube.com/watch?v=0TlpDQjqB1k
Source: Kantar Creative Effectiveness Awards


広告においてブランディングがうまくいかないとき

広告が十分にブランドに寄与しないという時は、どのブランドについての広告なのか人々が理解できい場合が多いです。広告自体は覚えられていても、それを他のブランドのものとして誤認したり、カテゴリーとしか結びつけていなかったりということが散見されます。この問題を解決するには、一心不乱に目立つことを追求するのではなく、人々が見ているものに関連付ける必要があります。


広告における効果的なブランディング(ここでのブランディングとは、広告がブランドのものとして認識されるようにすること)は、テレビ広告でどれだけ早くブランドを見せるかとは関係がありませんし、最初の5秒にブランドを入れれば(その広告がスキップされるかどうかにかかわらず)、デジタルにおける強力なブランド・リンケージが保証されるわけでもありません。優れたブランディングとは、ブランド資産が最も印象的な瞬間に登場するストーリーとして、うまく統合されたもののことです。それは、フィルムの感情移入の頂点に達するような記憶に残るシーンにおいて、ブランドと広告を明確に結びつるというクリエイティビティを、知的に応用することで得られる結果なのです。

45%の記憶に残るのは、たった1.5秒のシーン

Source: Kantar Link database

あなたの広告について、ブランドへの言及なしにストーリーを語り直せるかどうか、自問自答してみてください。もしそうでなければ、マーケティング効果の甘い香りだけが役員室に漂うことになるでしょう。

2つの脳の仕組みを活性化させて、マーケティング効果を向上させる

マーケティング効果を向上させるために、目立つことと他と違うことの比重を等しくすることは、消費者がどのように選択を行うかについて我々が知っていることによって、さらに合理化されます。

人が決断を迫られる時には、ワーキングメモリ(作動記憶)にあるゆっくり合理性を検討する脳のプロセスが呼び出されます。しかし、このプロセスはエネルギーを使うので、私たちの怠惰な脳は、もう一つのプロセスを発動させます。すぐにアクセスできる記憶構造の中で、直感的な判断をつかさどる自動処理を行うプロセスを利用して、近道を求めることがよく知られています


しばらくの間、この2つのタイプの思考プロセスは、別々の独立したシステムであると考えられていました。しかし、行動科学者の間では、意思決定にはより密接に結びついた1つのシステムがあり、そこでは常に2つのタイプの思考が用いられているという認識が広まっています。


このことは、ブランドマネージャーにとって何を意味するのでしょうか。それは、両方のタイプの処理プロセスで勝つために、異なる利点を構築する必要があるということです。まず、単純明快な連想(あるいは、ロゴ・色・形・ブランドキャラクター・音・匂いなどの識別性の高いブランド資産)を使用する必要があります。これらは、簡単で素早い思考を可能にし、ポジティブで直感的な一次判断をアウトプットします。しかし、より豊かで深い連想(差別化・ポジショニング・パーパスを通じて形成するもの)を用いることで、直感的でポジティブな初期判断のアウトプットが、より思慮深い脳のチェックプロセスで通過することを支えています。


「ブランドをいかに差別化するか」に対する私たちの探求は、新しいものではありません。45年前、フィリップ・コトラーの「マーケッターの核心となる質問のリスト」に、このテーマがすでに含まれていました。そして、私たちは、USPを持つという概念や、何かを所有しなければならないという考えから脱却しました。多くのブランドの物語が教えてくれているように、2-3のイメージ項目において競合に対する相対的な強さを持つことは可能であり、差別化はポジショニングを通じて実行できるのです。


その最大の利点は、価格感応度が下がることです。差別化されたブランドに対して、消費者はより高い価格であっても鈍感になります。そして、あなたはもはや競合と価格で戦うことはなく、消費者はあなたの製品やサービスにもっとお金を払うことが正当であると感じるようになります – 上記の証拠で見てきたように。


しかし、インフレが30年ぶりの高水準にあり、今後も続くと予想されるときに、このような状況が続くでしょうか?次回は、「インフレ時代の正しい価格設定」をご紹介します。


この記事は「現代マーケティングのジレンマ」シリーズの第3弾となっており、「目立つこと」と「他と違うこと」の問題についての考えをご紹介しました。このシリーズの過去の記事では、「パフォーマンス・マーケティングとブランド構築はどこで出会うのか?」と、「消費者がブランドを選択する際に心理的な要因と物理的な要因が果たす役割」を取り扱っており、世界のマーケティング界隈でたびたび議論になる問題についてカンターの考えを提示しています。あなたのブランドをより差別化して、際立った存在にする方法、そして、あなたのマーケティング活動を通じてブランドコードとポジショニングをいかに輝かせるかについて、ぜひご相談ください。


翻訳/編集: Media & Digital 関井 利光
原文:https://www.kantar.com/inspiration/brands/is-brand-differentiation-an-effective-way-to-reduce-customer-price-sensitivity


■本件に関するお問い合わせ先

合同会社カンター・ジャパン 
PR/マーケティングチーム
E-mail:marketingjapan@kantar.com

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